増え続ける機材コレクションがあなたの創作の流れを奪っているのかもしれない理由、そして本当に音楽を作る状態に戻る方法。

ひらめきは、いつ収集癖に変わるのか?

最初は小さなことだった。ここに MIDI コントローラー、あそこにプラグインバンドル。新しいシンセを1台――あのデモ動画のパッチ1つで鳥肌が立ったから。次にフィールドレコーダー。それから、これさえあればワークフローが改善すると固く信じていた groovebox。2台目のスタジオモニターが届くころには、何か月も避けてきた問いを自分に投げかけざるを得なかった。

私は本当に音楽を作っているのか――それとも、ただそのための道具を集めているだけなのか?

これはミニマリズムについての記事ではない。正直さについてだ。というのも、ある時点から、かつては創造性の扉を開いてくれた機材が、今度はそれを詰まらせ始めたからだ。スタジオの見た目は最高だった。ではハードドライブは? 未完成のアイデアの墓場だった。そして座って曲を書こうとするたび、プリセットをスクロールし、ケーブルを試し、棚を並べ替えている自分に気づく。録音ボタンを押すこと以外のすべてをしていた。

「創造の可能性」という誘惑

機材の世界は約束で回っている。新しいツールは、もっと表現力豊かに、もっと効率よく、もっと本物らしくなれるという未来像を売り込んでくる。もちろん、時にはそれが本当のこともある。でも、技術への投資と、買い物で先延ばしすることの間には、はっきりした境界線がある。

私はシンセを買っていたのではない。言い訳を買っていたのだ。新しい箱が1つ増えるたびに、もしかしたら問題は機材ではないのかもしれない、という恐れと向き合わずに済んだ。問題は私自身だった。あるいは、より正確に言えば――私のマインドセットだった。

スタジオの散らかりは、頭の中の散らかり

機材を持ちすぎることには、実際のコストがある。しかもそれは値札だけの話ではない。創作の圧倒感は本物だ。選択肢が多すぎると、流れは止まる。あらゆる判断(パッチ、プラグイン、プリセット)がさらに10個の判断を生むなら、トラックを始めることは爆弾の解除みたいに感じられる。

セッションの途中でアイデアを何度も投げ出してしまうことに、私は気づき始めた。音を作り込むことに気を取られてしまうからだ。改善していたわけではない。ただ、いじるためにいじっていただけ。そして、そんなことをしている間に起きていなかったことがある。

音楽を書くことだ。

マインドセットを切り替える:コレクターからクリエイターへ

そこで私は、少しずつ手放し始めた。ミニマリストの殉教者になるためではない。ただ、明晰さを取り戻すために。1台のシンセ、1本のマイク、そしてよく使うプラグインをいくつか残して、ほかはすべて箱にしまった。5曲仕上げるまでは、何も追加しないと自分に言い聞かせた。

それは6か月前のことだ。目標を達成しただけでなく、今では、背後に機材の壁を背負っていた頃よりも、ずっといい音楽を作れている。なぜか? 選択肢が減ると決断せざるを得なくなり、決断が勢いのための余白を生むからだ。

どうやら、音楽を完成させるほうが、それを買うよりずっと気持ちいいらしい。

すべてのミュージシャンが自分に問うべきこと

スタジオが機材でいっぱいなのに、アウトプットが止まっているなら、自分にこう問いかけてみてほしい。

私は音楽機材に囲まれていたいのか、それとも自分の音楽に囲まれていたいのか?

前者は Instagram で映える。後者はヘッドホンの中で最高に鳴る。

機材を愛すること自体は悪くない。誰だってそうだ。でも、どこかで選ばなければならない。スタジオを作っているのか、それとも曲を作っているのか?

Spotify に載るのは、そのうちの片方だけだ。

マーヴィン・キャバノー は、Berklee College of Music で現代音楽演奏を学んだベテランの音楽ジャーナリスト。ナッシュビルを拠点に、現代のサウンドを形作る機材、テクノロジー、クリエイティブツールを取材している。Audio Chronicle に執筆していないときは、たいていペダルチェーンをいじっているか、地元のレコードショップで crate-digging をしている。